LEE(集英社)1999年11月号 掲載
臓器移植に思うこと
あなたはドナーになることができますか?
骨髄移植患者に多く接してきた血液内科医の赤塚先生が、医師として、ひとりの女性として思いを綴ってくださいました。
赤塚祝子先生
あかつか・のりこ
1947年 千葉県生まれ
医学博士
日本内科学会認定内科専門医
日本血液学会認定血液指導医
横浜市立市民病院検査科部長を経て
現在、赤塚医院院長
著書に「無菌病室の人びと」(集英社文庫)
「神様のくれたもうひとつの命」(集英社)など。
平成14年2月20日、「明るく乗りきる男と女の更年期」
講談社 現代新書より出版中、定価660円(税別)
赤塚祝子著
『肉親の「死」は理性では対処できないものです』
血液内科医として24年間勤務し、300通以上の死亡診断書をお出しした経験があっても、身内の「死」に立ち会った時は、ひとりの女性としての対応しかできませんでした。
母は病院のベッドの上で臨終を迎え、その2ヵ月後、父が自宅で突然亡くなったのですが、医療従事者であったにもかかわらず、両親は生前、「解剖だけはされたくない」と申しておりました。ふたりとも高齢だったため、結局そのままお棺に入ることができ、両親の遺志に逆らわずにすんで、ホッとしたものでした。
患者さんたちの「死」には、冷静に向き合えたのに、身内だと情が絡んで、理性では対処できないのだ、と私は初めて知ったのでした。ただ、親の体が荼毘に付され、お骨となったのを見た時には、「ああ、もったいない。何か使えた臓器があったかもしれないのに」と、心の中で思ったのも事実です。
以前から、私自身は自分の死後、どうされようとかまわないと考えていました。病理解剖でも、医学生たちへの献体でも、私の体が役立つのなら、どうぞお使いください、と遺言するつもりです。両親の死をきっかけに、私は臓器移植のドナーになりたいと思うようになりました。でも、ダメでした。というのは、34歳の時、B型急性肝炎(完治)になった既往があるので、ドナーとしては不適格なのだそうです。おまけに、間い合わせた移植ネットワークの方から、「50歳以上の方は、心臓の提供者にはなれません」と言われ、「じゃあ、せめて角膜だけでも」と、募る思いで聞くと、「B型肝炎の方は、どれも無理です」と、申しわけなさそうに拒否されてしまいました。
電話をそっと切り、私は急に老け込んだ気持ちになりました。
数年前、受け持った血液疾患の患者さんたちが、骨髄移植で救われたのを見て、ドナー登録を試みましたが、その時もダメでした。意思はあっても移植のドナーになれない私の体は、やっぱり死後、献体などで役立てていただくしかないようです。移埴のドナーとなるのは他人への究極のプレゼントなのに、贈り主になれないのって、すごく悲しいものです。
オーストラリアで肝臓移植を受けた日本人の女性にお目にかかった時、一番つらいのは経済的な問題だと涙ながらにおっしゃっていました。外国で移植を受けるには、莫大な費用と時間(待機を含めて)がかかります。移植でしか助からない病気の患者さんたちが、何千人も臓器提供を待っている今、やっと始まった国内での臓器移植が頓挫することなく進むには、意思表示カードの普及が大切です。
あなたがもし若くて健康で、血液感染症(B型・C型肝炎、梅毒、HIVなど)の既往がなかったら、一度意思表示カードを手に取って、ごらんになってください。べつに、すぐに記入しなくてもいいのです。
私はまだカードを捨てていません。もしかして、治癒した肝炎の人なら、ドナーになれる日が来るかもしれないのですから。
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